Monday, July 04, 2011

村上春樹 『はじめての文学』 書評


 
 タイトルの『はじめての文学』が示しているように、これは、村上氏が、これまで書きためてきた短編を、主に年少者に向けて選び、適宜加筆修正を行ってまとめたものです。

 もっとも、彼は児童文学の作家ではないから、初めから年少者を念頭に書かれた作品は、冒頭の『シドニーのグリーン・ストリート』だけで、後は全て大人の読者に向けて書かれた作品です。

 僕は、彼の小説、短編は全て読んでいますが、特に短編では筋を忘れていたものも多く、肩肘張らない読書の愉悦に浸ることができました。

 この作品集の中では、『踊る小人』と『かえるくん、東京を救う』に胸を締め付けられるような思いをさせられました。両作品とも、非力だけれども、必死に生きる人間が、ときに直面する、あるいは包囲されうる、世界に確かに存在する激しい暴力性をグロテスクに描いています。それは、氏がこれまでも何度も描いてきたテーマですが、村上氏が、「年少者に向けて」これらの作品をも選定したのは、設定が取っ付きやすいだろうという目論見に加え、物語という虚構を通して、現実の世界のすばらしいことも恐ろしいことも語ってみせよう、それが文学というものなのだからとの思いからでしょうか。

 気軽なプレゼントとしても最適な一冊だと思います。

3 comments:

Shoichiro Fukushima said...

ひさしぶり。

今年から文学の授業を持っているのだけど、村上春樹を取り上げるので、集中的に読み直したり、まだ読んでいないものを読んでいます。

今まで見えていなかった村上春樹が見えてくるようで、とても楽しい冒険をしている気分です。

紹介してもらった本は、まだ見ていないので、今度ジュンク堂に行ったときにでも探してみますね。

良い書評、ありがとう。

Shoichiro

Taku said...

久しぶりやねー!!うれしい!!

わぉ!!文学の授業!!だんだん本格的になってきたやん!!授業では何を読んでいるの???詳しいお話や、オススメの本についてぜひぜひ聞きたいです。

fukushi said...

「文学」といっても、一般教養科目なので、あまり込み入ったこともできず、「文学を読む」とはどういうことかという一般的なテーマにそって、さまざまな作家の作品(主に日本)を読むことにしています。

村上春樹では「象の消滅」と『アンダーグラウンド』にある「目じるしのない悪夢」についてやりました。

その前後の回で「境界」を問題にし、いかに二項対立を超えながら物事を考えることができるかを考えていたので、そんな不思議な作品のチョイスになりました。

また、いろいろ話したいね。今度16-17日で京都に行くかも? 立命で小規模な学会があるから。仕事も溜まっているし、まだかなり迷ってはいるんだけれどね。