Tuesday, March 01, 2011

『幸せな王子さま』 (Oscar Wilde 'The Happy Prince' 1888年発表 中野拓訳) 



  街の上に高く高く、まるくて高い台座の上に、幸せな王子さまの像が立っていました。王子さまは身体中、薄い本物の金箔で包まれていました。目には二つのサファイア、そして剣の柄(つか)には赤い大きなルビーがきらきらと光っていました。 
 王子さまのことを、みんながすごく褒めました。「王子さまの美しさったら、風見鶏みたいだね」と街の議員さんのひとりが言いました。美しさがわかる人だと思われたかったのです。「そんなに役には立たないけど」とわざわざ付け足していいました。自分がしっかりしていないと思われたら嫌だったからです。でも、しっかりしていないなんてことはありませんでした。 
 「どうして幸せな王子さまみたいになれないの」と分別あるお母さんが、無いものねだりをする小さな息子に言いました。「幸せな王子さまは、決して何かをねだったりしないのよ」 
 「この世にほんとうの幸せ者がいるってのはいいな。」ある落ち込んだ男が、すばらしい像にじっと見入りながらそう言いました。 
 「王子さまは天使みたいだね」と、恵まれない人たちへの寄付でできた学校に通う子どもたちが言いました。子どもたちは、お祈りの大聖堂から出てきたところでした。鮮やかな朱色のマントと、白くて清潔なエプロンを着ていました。 
 「どうしてそんなことが分かるのかね?」と数学の先生が言いました。「お前たちは天使を見たことがないだろう」 
 「あ、でもあるよ、夢で見たもん」と子どもたちは答えました。それで、数学の先生はむっとして、怖いようすになりました。先生は、子どもたちが夢を見ることは悪いことだと思っていたからです。 
 ある夜、街の上空を小さなつばめさんが飛びました。つばめさんの他の友だちは、その一月半前に、遠くエジプトに行ってしまいましたが、このつばめさんだけは残っていました。つばめさんは、いちばん美しい葦さんに恋をしていたからです。春の初めの頃、つばめさんは、大きな黄色の蛾を追いかけて川を下って飛んでいたときに、葦さんに出会いました。葦さんの細い腰にすっかり心ひかれて、つばめさんは、葦さんとお話をしようと飛ぶのをやめたのです。 
 「好きでいてほしい?」とつばめさんは訊きました。つばめさんは、大切なことはすぐに言いたがる方だったのです。葦さんは深々とおじぎをしました。つばめさんは葦さんの周りをくるくると飛びました。両方の翼で水に触れ、銀色のさざ波を立てました。これがつばめさんの求愛、これは、夏の間ずっと続きました。 
 「ばかな恋だねぇ」他のツバメたちはみんなちゅんちゅんとさえずりました。「葦さんにはお金も無いし、親戚づきあいだってたいへんだろうに」じっさい、川辺にはとてもたくさんの葦が茂っていました。そして、秋が来ると、みんな風で散ってしまうのです。 
 他のツバメさんたちがみんないってしまうと、ツバメさんは寂しくなりました。そして、恋人にも飽き飽きしてきたのです。 
 「話もできないし」とツバメさんは言いました。「遊んでる女かもしれないぜ。だってさ、いつも風といちゃついてばっかり」確かに、風が吹いてきたとき、葦さんはいつもいちばんきれいにお辞儀をしました。「家にいてくれるのはいいよ」ツバメさんは続けました。「でも、僕は旅が大好きだし、だから、奥さんだって旅が好きじゃなくちゃいけない」 
 「一緒に来てくれない?」とうとうツバメさんは葦さんに言いました。でも、葦さんは首を振りました。お家にすっかり根付いていたのです。 
 「ずっと僕のことを軽く見てる!」ツバメさんは叫びました。「僕はピラミッドに行く。さよなら!」そして、ツバメさんは行ってしまいました。 
 ツバメさんは一日中飛んで、夜になって街に着きました。「どこに泊まろうかな」ツバメさんは言いました。「街が仕度をしてくれてるといいんだけど」 
 そして、ツバメさんは台座の上の像を見ました。「あそこに泊まろう。美味しい空気がいっぱいの素敵な場所」そして、ツバメさんは、幸せな王子さまの両足の真ん中に止まりました。 
 「金色のベッドルームだ」ツバメさんはきょろきょろしながら優しくつぶやきました。そして眠る仕度をしました。でも、ちょうど頭を片方の翼に入れようとしたとき、大きな水のしずくがツバメさんの上に落ちてきました。「あれれ、空には雲ひとつないのに…星ははっきり見えてきらきらしてる。それなのに雨が降ってるなんて…ヨーロッパの北に行くとひどい気候だよ。葦さんは雨が好きだったな…でもそれは葦さんがわがままなだけだよ」 
 それからもう一粒。 
 「雨宿りもできないとしたら、像なんて何の役に立つんだよ。いい煙突を探さなきゃな」ツバメさんは心を決めて飛んで行くことにしました。 
 でも翼を広げる前に、3粒目が落ちてきて、ツバメさんは頭を上げました。目に入ってきたのは…何と、ツバメさんは何を見たのでしょう。 
 幸せな王子さまの両目は涙で一杯で、涙は金色の頬っぺたを伝っていました。王子さまの顔は月明かりの中でとても美しく、小さなツバメさんは哀しさて胸がいっぱいになりました。 
 「どなたですか」とツバメさんは言いました。 
 「幸せな王子だよ」 
 「だったらどうして泣いているのです」ツバメさんは言いました。「ぐっしょり濡れてしまいました」 
 「生きていたころは人間の心臓があったんだ」像は答えました。「涙が何なのかも知らなかった。だって、哀しみは立ち入り禁止のサン・スーシ宮殿に住んでいたから。昼間は仲間と庭で遊んだ。夜は大広間で真っ先に踊った。庭の周りにはすごく高い壁がそびえていてね、でも、壁を越えたら何があるのか一度も訊かなかった。僕の周りはとっても美しかった。けらいたちは僕のことを『幸せな王子さま』って呼んでね、じっさい幸せだったんだよ。もし楽しいことが幸せってことだとしたらだけどね。そんなふうに生きて、そんなふうに死んだんだ。もう死んでしまったから、家来たちはここにとても高い僕の像をしつらえた。だから、僕は、僕の街の醜いもの、みじめなものが全部見えるんだ。僕の心臓は鉛でできているのに、泣かずにはいられないよ」 
 「えぇ!これは金のかたまりじゃないのか」ツバメさんは思いました。でも礼儀正しいから個人的なことは口にしません。 
 「ずっと遠くに」像は低い音楽のような声で続けました。「ずっと遠くの小道に貧しい家がある。窓が1つ開いている。窓から、テーブルについている女の人が見える。顔は細くて疲れきっている。荒れた真っ赤な両手をしてる。ぜんぶ針で刺したんだ、裁縫屋さんだから。今、女王さまの侍女の中で一番の美人が次の宮中舞踏会で着る、繻子(しゅす)のガウンにトケイソウを刺繍してる。部屋の隅っこのベッドには、小さな息子さんが病気で横になってる。熱があって、オレンジをちょうだいって。でもお母さんは川の水しかあげられない。それで男の子は泣いてる。ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん、僕の剣の柄(つか)からルビーを取って届けてあげてくれないか。僕は両足を台座に固定されて、動けないんだ」 
 「エジプトで待ってくれている仲間がいます」ツバメさんは言いました。「友だちは、ナイル河を上がったり下ったり、大きなハスの花とお話しています。これからすぐに偉大な王さまのお墓の中で眠るでしょう。王さまはそのお墓にひとり、色塗られた棺の中におわします。黄色の亜麻布にくるまれて、香辛料でお化粧されています。首の周りには薄い緑の翡翠(ひすい)の鎖がかかっていて、両手はしおれた葉っぱみたいです」 
 「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」王子さまは言いました。「1日だけ僕と一緒にいてくれないか。届け物をしてほしい。男の子はとても喉が渇いているし、お母さんはとても悲しんでいる」 
 「僕は男の子っていうのが好きじゃないけど」ツバメさんは答えました。「去年の夏、川にいると、失礼な男の子が2人いたんです。粉屋の息子たちで、いつも僕に石を投げてくるんです。もちろん石に当たったりはしませんでしたよ。僕たちツバメはそんなのよりうんと速く飛べるし、僕はすばやさで有名な家の出だから。それでも、あれは失礼な証拠です」 
 そうは言ってみたものの、王子さまはとても哀しそうだったので、小さなツバメさんも気の毒になりました。「ここはとても寒いです」ツバメさんは言いました。「でも、1日だけ一緒にいて、お届け物をします」 
 「ありがとう、小さなツバメさん」王子さまは言いました。 
 それでツバメさんは、王子さまの件から大きなルビーを取り出して、口ばしに加え、屋根から屋根へひとっ飛びしました。 
 ツバメさんは、大聖堂の塔を通り越しました。そこには白い大理石の天使たちの彫刻がありました。宮殿を通り越して、ダンスの音を聞きました。美しい女の人が、恋人と一緒にバルコニーに出てきました。「星がなんてみごとなんだろう」恋人は女の人に言いました。「そして愛の力も!」「私のドレスが舞踏会に間に合うと良いのですが」女の人は答えました。「トケイソウを刺繍するように注文したのです。でも裁縫屋がとっても怠け者でして」 
 ツバメさんは川を越え、船の帆の柱に提燈がかかっているのを見ました。ユダヤ人の街では、年寄りのユダヤ人が商売をして、銅の秤でお金を測っていました。とうとうツバメさんは貧しいお家まで来て、中を見ました。男の子は熱を出して、ベッドで寝返りを打っていました。お母さんはもう眠っていました。とても疲れていたのです。ツバメさんはひょいっとジャンプして中に入り、大きなルビーをお母さんの指ぬきのそばに置きました。それからベッドの周りを優しく飛んで、男の子の額に風をあてて冷やしてやりました。 
「涼しい」男の子は言いました。「きっとすぐに良くなるよ」そう言って、男の子はぐっすりと眠りに落ちました。 
 それからツバメさんは幸せな王子さまのところに戻り、自分がしたことを伝えました。「面白いんですよ」ツバメさんは言いました。「暖かく感じるんです。こんなに寒いのに」 
 「いいことをしたからだよ」王子さまは言いました。それで小さなツバメさんは考えだしたのですが、眠ってしまいました。ツバメさんはいつも、考えると眠くなったのです。 
 夜が明けると、ツバメさんは川に飛んでいって水浴びをしました。 
 「なんと目覚ましい現象ではないか」鳥類学の教授は橋を渡るときに言いました。「冬にツバメがいるとは」そして、その先生は、街の新聞に長い手紙を書きました。みんな、新聞に載ったことをそのまま話しましたが、あんまりにも長い文章で、誰も理解できませんでした。 
 「今晩は僕はエジプトに行きます」ツバメさんは言いました。ツバメさんは期待で胸がいっぱいでした。ツバメさんは、記念碑にはみんな行ってしまって、長いこと教会の塔のてっぺんに座っていました。どこへ行ってもスズメさんが「めずらしいお客だね」とちゅんちゅん言い合いました。だから、ツバメさんはとても愉快に思いました。 
 月が昇り、ツバメさんは幸せな王子さまのところに戻りました。「エジプトへのお使いはありませんか?」ツバメさんは大きな声で言いました。「もう行きますよ」 
 「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」王子さまはいいました。「もう一晩僕と一緒にいてくれないか」 
 「エジプトで仲間が待っています」ツバメさんは答えました。「明日は友だちが第2大滝昇りをするんです。イグサの中では、かばが一匹横になっています。大きな御影石の玉座には、メムノーンの神さまがおわします。一晩中星をご覧になっていて、夜明けの星が輝いたら、喜んであっと叫ばれ、それから黙ってしまわれるのです。正午には、黄色いライオンたちが水辺にやってきます。緑のエメラルドみたいな眼をしていて、吠えると大滝のとどろきよりもすごいんです」 
 「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」王子さまは言いました。「遠く街を越えて、屋根裏部屋に若い男がいる。台本用紙でいっぱいの机に身をかがめている。そばの花瓶の中には、しおれたスミレの花束が差してある。髪は茶色で細かくちぢれていて、くちびるはザクロほどに紅い。大きくて眠たそうな眼をしている。劇場監督のために芝居を仕上げようとしているが、これ以上書くには寒すぎる。暖炉には火がなく、お腹が空いて倒れてしまったのだ」 
 「もう一晩だけご一緒しましょう」ツバメさんは言いました。ほんとうに、ツバメさんは良い心を持っていましたから。「ルビーを届けましょうか?」 
 「ああ、だめだ!僕にはもうルビーがない」王子さまは言いました。「僕には、珍しいサファイアでできた眼があるだけだ。千年前にインドから持ってこられたものだ。片方を引き抜いて彼に届けてくれ。宝石屋に売って、食べ物とたきぎを買って、芝居を書き上げるだろうから」 
 「王子さま」ツバメさんは言いました。「僕にはそれはできません」そして、ツバメさんは泣き始めました。 
 「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」王子さまは言いました。「言うとおりにしてくれ」 
 それでツバメさんは、王子さまの片目を引き抜いて、学生の屋根裏部屋に飛んで行きました。屋根に穴が空いていたから、中に入るのはたやすいことでした。穴を突き抜けて、部屋に入りました。若い男は両手に頭を抱えていたので、鳥の羽音を聞くことはありませんでした。男が顔を上げると、しおれたスミレの花束の上には美しいサファイアがありました。 
 「認められてきたぞ」男は叫びました。「おれを認めてくれる、どこかの偉い人からだ。これでもう芝居を書き上げることができる」。男はとても幸せそうでした。 
 翌日、ツバメさんは港に飛んで行きました。大きな船の帆の柱にちょこんと座って、船員たちが船の倉庫からロープで大きな箱を引きずり出すのを眺めていました。「よっこら、せぇ」箱が上がってくるたびに船員たちは叫びました。「エジプトに、行くんだ!」ツバメさんも叫びました。でも、気に留めてくれる人は誰もいません。月が昇ると、ツバメさんは王子さまのところに飛んで行きました。 
 「お別れを言いに来ました」ツバメさんは大きな声で言いました。 
 「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」王子さまは言いました。「もう一晩だけ僕と一緒にいてくれないか」 
 「今は冬です」ツバメさんは答えました。「ここでも間もなく、冷たい雪が降ります。エジプトでは緑のヤシの木に暖かな日差しが注ぎます。泥の中のワニたちが気だるそうに辺りを眺めています。仲間たちはバールベク寺院の中に巣を作っています。ピンクと白の鳩たちがそれを眺めて、クークーと互いに鳴き合っています。王子さま、本当に行かないといけません。でも、王子さまのことは決して忘れません。来年の春には、きれいな宝石を2つ、あげてしまった宝石の代わりに持って帰ってきます。ルビーは真っ赤なバラよりも赤く、サファイアは大海よりも青いものをお持ちします」 
 「下の広場に」幸せな王子さまは言いました。「小さなマッチ売りの少女が立っている。マッチをどぶに落としてしまって、みんなだめにしてしまった。お金を持ち帰らないとお父さんにぶたれるから、しくしく泣いている。靴もストッキングも履いていない。小さな頭にも何もかぶっていない。もう片方の目を引き抜いて少女に与えてくれ。それならお父さんも彼女をぶたないから」 
 「もう一晩一緒にいましょう」ツバメさんは言いました。「でも眼を引き抜くことはできません。そんなことをすると、何も見えなくなってしまいます」 
 「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん」王子さまは言いました。「言うとおりにしてくれ」 
 それでツバメさんは、王子さまのもう片方の目を引き抜いて、一目散に飛んで行きました。マッチ売りの少女のところに舞い降りて、手のひらに宝石を滑り込ませました。「何てきれいなガラス!」少女は大きな声を上げて、ころころと笑いながら家に駆けてゆきました。 
 ツバメは王子さまのところに戻ってきました。「もう目が見えないでしょう」ツバメさんは言いました。「ずっとそばにいます」 
 「いや、小さなツバメさん」かわいそうな王子さまは言いました。「エジプトに行かないといけないよ」 
 「ずっとあなたと一緒にいます」ツバメさんはそういって、王子さまの足もとで眠りました。 
 次の日、ツバメさんは一日中、王子さまの肩の上に座って、外国で見たもののお話をしました。紅いコウノトリ。ナイル河のほとりに並んでいて、口ばしで金魚をとるのです。スフィンクス。この世界の始まりからあって、砂漠に住んでいて、何でも知っています。商人たち。ラクダの脇をゆっくりと歩み、手には琥珀のビーズを握っています。月の山々の王さま。漆黒よりも黒い肌で、大きな水晶をあがめておられます。ヤシの木の中で眠る巨大な緑のヘビ。20人の僧侶が蜂蜜のケーキをやります。それから、大きな平べったい葉っぱに乗って大きな湖を渡るピグミー族。いつも蝶々と戦争をしているのです。 
 「小さなツバメさん」王子さまは言いました。「すばらしいことを話してくれるね。でも何よりすばらしいのは男たち、女たちの苦しみだよ。苦難ほどに偉大なる苦難はない。僕の街の上を飛んでくれ、小さなツバメさん、そこで何を見たかを話してくれ」 
 そこでツバメさんは大きな街の上を飛びました。お金持ちの人々はきれいな家の中でわいわいと騒いでいました。乞食たちは門の前に座っていました。ツバメさんは暗い路地に入り、飢えた子どもたちの顔が
力なく、外の真っ暗な通りを見やっているのを目にしました。橋を支えるアーチの下には、小さな男の子が2人、互いの腕に抱かれて横になっていました。何とか暖を取ってぬくもっていようとしていたのです。「お腹が空いたなぁ」と2人は言いました。「こんなところで寝ておってはだめだ」夜警が声を上げ、2人はアーチの下から外へ、雨の中をとぼとぼと歩いていきました。 
 それで、ツバメさんは王子さまのところに戻って、自分が見たものを伝えました。 
 「僕の身体は純金で覆われている」王子さまはいいました。「金を剥がしてくれ。1枚、1枚と剥がして僕の貧しい民に与えてほしい。生きている人はいつも、金(きん)で幸せになれると思うようだから」 
 1枚、1枚の純金をツバメさんは剥がし、王子さまはすっかり鈍い灰色になってしまいました。1枚、1枚と純金をツバメさんは貧しい人々に届けました。子どもたちは顔を赤くきらきらと輝かせ、声を出して笑い、通りで遊びました。「今じゃ、パンがあるよ」と子どもたちは大きな声で言いました。 
 それから雪が降ってきました。雪の後には霜が続きました。通りは銀で造られたように、きらきら、ぎらぎらと輝いていました。水晶みたいなしずくを垂らしたつららが、家の軒にぶら下がって、誰もが毛皮を着て歩き廻っていました。あの小さな男の子は紅い帽子をかぶってスケートをしていました。 
 かわいそうな小さなツバメさんはどんどん冷たくなってゆきましたが、王子さまのところを離れようとはしませんでした。王子さまのことがとても好きだったからです。ツバメさんはパン屋の目を盗んで軒先でパンくずをついばみました。ぱたぱたはためいて、ぬくもろうとしました。 
 でもとうとう、ツバメさんは自分が死ぬのだと分かりました。もう一度だけ王子さまの肩に飛び上がる力が残されただけでした。「さようなら、王子さま」。ツバメさんはささやきました。「手にキスをしてもいいですか?」 
 「やっとエジプトに行くのだね、嬉しいよ、小さいツバメさん」王子さまは言いました。「ここには長くいすぎたね、でも、くちびるにキスをしなきゃだめだよ。だって、僕は君を愛しているから」 
 「僕が行くのはエジプトではありません」ツバメさんは言いました。「僕は死の館に行くのです。死は眠りの兄、そうではありませんか」 
 ツバメさんは王子さまのくちびるにキスをすると息絶えて、王子さまの足もとに落ちてゆきました。 
 そのとき、像の中でぱきんというおかしな音がしました。何かが割れたようでした。実は、鉛の心臓がぱきんと音を立てて真っ二つになったのでした。辺りは実に、恐ろしいほどにひどい霜でした。 
 翌日の早朝、市長さんが議員さんを連れて、下の広場を歩いていました。台座を過ぎると、市長さんは像を見上げて言いました。「まったく、みすぼらしい幸せな王子さまじゃないか」 
 「実にみすぼらしい」と議員さんたちも大きな声で言いました。いつでも市長さんの言うことに賛成するのです。みんなは、王子さまを見ようと上がってゆきました。 
 「ルビーは剣からとれているし、両目もなくなっている。もう金もなくなった」市長さんは言いました。「こいつは乞食も同然だな!」 
 「乞食も同然!」議員さんたちも口を揃えました。 
 「それに、ここ、この足もとには死んだ鳥がいる!」市長さんは続けました。「鳥はここで死ぬべからずと布告せんといかんな」。街の書記さんはこれをメモしました。 
 それで、街は王子さまの像を取り壊しました。「もはや美しくないのなら、もはや役に立たぬ」と大学の美術の教授は言いました。 
 次に街は、像を炉の中で溶かし、市長さんは金属をどうするかを決めるために企業の会議を開きました。「別の像がいるのはもちろんだが」彼は言いました。「私の像でなければならぬ」 
 「私の像ですとも」と議員さんがそれぞれ言い合って口論になりました。私が最後に彼らの声を聞いたときは、まだ口論をしていました。 




 「おかしいぞ!」鋳造所で仕事をしていた男たちの監視員が声を上げました。「この割れた鉛の心臓は、炉の中でも溶けないじゃないか」。それで、皆は心臓をゴミ溜めに投げ捨てました。そこには死んだツバメさんも横たわっていました。 




 「この街でもっとも貴重な2つのものを持ってきなさい」神さまは天使の1人におっしゃいました。天使は、鉛の心臓と死んだ鳥を神に届けました。 
 「よくぞ選んできた」と神さまはおっしゃいました。「楽園の私の園(その)では、この小さな鳥にずっと歌わせよう。そして、私の黄金の街では、幸せな王子に神を賛美させよう」と。




2 comments:

Fukushi said...

ひさしぶり。

"The Happy Prince" いいよね。
大好きで何度読んだかしれません。
授業でも使いました(^-^)
もし自分に子供ができたら、
絶対に読み聞かせてやりたい物語です。

翻訳、ありがとう!!

Fukushi

Taku said...

コメントありがとう!!ワイルドの短篇は他のも、もう少し訳してみたいなと思ってるよ。

一昨日、Mixiをやめちゃったけれど、このブログで書きたいことを書いていくね。そちらのブログにもたびたび訪ねたいと思ってます。