Monday, October 22, 2007



昭和天皇と原爆投下

ニコニコ動画ってサイトで古い映像を見ていたら、広島の原爆投下について、昭和天皇が記者会見で、

「原子爆弾が投下されたことに対しては、遺憾には思ってますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民には気の毒であるが、やむを得ないことと私は思ってます」

と発言する映像があったんです。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm554496

前の内閣の防衛大臣が、原爆の投下を「しょうがなかった」と形容したときには、「何てことを言う人なんだろう」と思ったけれど、昭和天皇がこのように言うとは…。

僕は、天皇制、とりわけ、昭和天皇と言う人間を、外部からの批評的な視点で見ることができません。僕は昭和56年生まれだから、昭和天皇についての記憶は極めて限定的なものだけれど、それでも、触れてはいけないような畏怖の感情があります。それは、戦前において日本人の精神性を纏め上げていた現人神への畏れであり、敗戦後というまったく違う国家体制において、なお、大多数の日本人に尊崇されていたことへの畏れでもあります。日本の戦前と戦後というような、根底から異なるような二つの国家システムの両方において、国民から畏敬の念を持って見上げられ、神格化された人間を、世界史上、僕は寡聞にして知りません。

1793年、フランス国民は国王ルイ16世を断頭台に送ったけれど、戦後、昭和天皇は断頭台に送られることはありませんでした。アメリカを中心とする占領国軍は、天皇の戦争責任を追及することは日本国民の反発を招くと判断し、実際、この方針は大多数の日本人によって歓迎されました。概して言って、日本における天皇の地位は、戦中も戦後も安定した国民のコンセンサスを得続けてきました。今日でも、君が代や日の丸や靖国に奉られたA級戦犯に反発する国民も、天皇制に反発することは極めてまれです。皇室に批判的な言説は公共空間ではまず許容されない。ごく客観的に言って、これは不思議なことです。

高校時代に、日本史の先生が、「昔ある生徒から『なぜ、日本史において天皇制は途絶えなかったのか』と質問されたことがあるが、答えることができなかった」と話していたのが印象的です。

この映像を見たとき、僕は本当にびっくりしました。月並みな言い方だけど、「耳を疑い」ました。防衛大臣どころか、「当事者」なんだから。 でも、僕は、この発言を断罪するような勇気を持ちません。「昭和天皇」について、僕は、僕が生まれるずっと前に存在した神格化された天皇像を抱えながらも、戦前と戦後の捩れの中で消化不良を起こし、禁忌として僕の内部に残っているような気がします。

" Hirohito and the Making of Modern Japan"(邦訳『昭和天皇』)や"Embracing Defeat"(邦訳『敗北を抱きしめて』)のような本が気になっていたのだけれど、外から見た日本をふまえてみると、この複雑な感情も説明がつくのかもしれない。

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